7話登場人物紹介
![]() つむぎ主人公三味線クラブで三味線の修業中 | ![]() はやり つむぎの大親友。ムードメーカー | ![]() りゅうこう 冷静 無口、祖母は三味線弾き | ![]() かける 江戸っ子 男勝り喧嘩早が情に厚い |
![]() たいきち 博多出身 民謡の会の尺八担当 | ![]() ともえ 岩手出身 民謡の会で篠笛とうたの担当 | ![]() ひびき 広島出身 民謡の会で民謡太鼓担当 | ![]() なおと 東京出身。民謡の会で箏の担当 |
第7話漫画版











































シャミる第7話調子良いジャン!小説版
漫画版で描写しきれんかった表現まで書き下ろし、各ページクリックで読むるアコーディオン仕様たい。
P0|前回までのあらすじ|五大民謡の音に導かれて
すみみだ小学校四年生のつむぎは、大親友のはやり、三味線男子のりゅうこう、そして老舗三味線屋の娘であるかけると出会い、ついに三味線クラブを設立した。
最初は音楽室に響いた一音に心を動かされただけだった。けれど、仲間が増え、三味線を手にし、音を合わせるたびに、つむぎの中で「シャミる!」という言葉は少しずつ本物になっていった。
そんな四人の前に現れたのが、伝説の三味線弾き、大山象山。紙芝居とともに語られる津軽五大民謡の世界は、つむぎたちの想像をはるかに超えていた。
三味線はただ弾くだけではない。唄があり、土地があり、人がいて、調子がある。象山の音に衝撃を受けたつむぎたちは、基本曲を習得し、さらに民謡の会のともえ、ひびきたちとセッションすることになるのだった。
P1|民謡会館へ|調子良いジャン、開幕!
木曜日。つむぎ、はやり、りゅうこう、かけるの四人は、三味線を抱えて民謡会館の練習室へ向かった。
コンクリートの壁と土間の床。学校の音楽室とは違う、少しひんやりした空気。けれど奥から聞こえてくる太鼓の響きと笛の音が、そこをただの部屋ではなく、音が生まれる場所に変えていた。
ひびき来たのう!太鼓の準備はバッチリじゃけん!
ともえんだ。一緒に合わせるの、楽しみにしてただ。
白い法被姿のひびきとともえが、にこにこと四人を迎える。はやりは三味線をぎゅっと抱え、目を輝かせた。
はやり早速、民謡セッション、開幕ジャン!
その声に、つむぎの胸も高鳴った。象山の紙芝居で聞いた五大民謡の世界。その入口に、いま自分たちは立っている。
P2|三味線の調子の説明|体調じゃないジャン?
セッションに入る前に、かけるは三味線を抱えたまま、はやりの前に立った。
真剣な空気を作ろうとした、その瞬間。
はやり調子って体調のことジャン?
かけるの眉が、ぴくりと動いた。
かけるてやんでい!三味線の調子ってのは、糸の音の合わせ方のことだ。
はやりは「へえ」とうなずいたが、分かっているような、分かっていないような顔をしている。
かける例えば、チューリップのうたにベートーヴェンの運命の伴奏入れても噛み合わねえだろ?
チューリップの明るい旋律と、重々しい運命の伴奏。頭の中で混ぜてみたつむぎは、思わず苦笑いした。
かけるあと同じ曲でも、はやりが唄うのと俺が唄うんじゃ、音域も声の高さも全然違う。だから三味線も、曲によって調子を変えるんだ。
三味線の調子。それは、気分ではなく、音を合わせるための大切な準備だった。
P3|それぞれの調子|向いている音、向いている役目
つむぎ象山さんも民謡紙芝居の中で簡単に調子の事説明してくれたけど、ようやく三味線の調子の意味は掴めてきた。
つむぎがそうつぶやくと、そばで太鼓を準備していたひびきが、少し困ったように笑った。
ひびきわしゃ、メロディーはどうも苦手じゃ。太鼓打っとる方が向いとる。
ともえひびきらしいだ。オラは太鼓も好きだが、運動神経が良くねえだもんで笛の方が合うだ。
同じ民謡でも、向いている役目は人それぞれ違う。笛の音、太鼓の音、三味線の音。それぞれが違うから、合わせた時に面白くなる。
はやり今日も調子絶好調ジャン!大船にのったつもりでいるジャン!
勢いよく胸を張るはやりに、かけるは三味線を構え直した。
かけるよし!今日は、津軽三味線の基本の三つの調子を覚えるぞ。
P4|本調子図解|調子の土台
かけるは三味線の三本の糸を示しながら、まず基本の調子を説明した。
かける三味線が一番良く鳴る調子。つまり本当に調子が良いから、本調子と呼ぶ。基本となる本調子。
本調子。名前の通り、すべての基準になる調子だった。
つむぎ本調子が基準なんだ。
りゅうこう調子の土台。
りゅうこうの言葉は短い。けれど、その一言でつむぎの頭の中に、土台の上に音が積み上がっていくようなイメージが浮かんだ。
はやりよ!!本調子ジャン!
はやりは勢いよく合いの手を入れた。
かけるコイツ本当にわかってんのか・・
かけるの白い目を受けても、はやりの調子だけはまったく崩れなかった。
P5|二上り図解|テンションじゃなくレベルを上げろ
次にかけるは、二上りの説明に入った。
かける本調子から二の糸を一音上げる。二の糸が上がるから二上りと呼ぶ。
三本の糸のうち、真ん中の糸が上がる。それだけで、三味線の響きはぐっと違って聞こえる。
かける五大民謡のじょんがら節も、よされ節も、あいや節も二上り主体だ。津軽三味線では一番よく使う。
つむぎそういえば!!
象山の紙芝居で聞いた、あの力強い音。そこにも二上りの響きがあったのだと、つむぎはようやく結びついた。
はやり二上りってテンション上がる名前ジャン!
りゅうこうテンションじゃなくレベルを上げろ。
りゅうこうの静かなツッコミに、はやりは一瞬だけ固まった。それから、なぜかさらにやる気の顔になった。
P6|三下り図解|下がるのに調子良いジャン?
最後は三下りだった。かけるは三本目の糸を示す。
かける本調子から三の糸が一音下がるから、三下がりと呼ぶ。
はやりシャビ!下がるのに調子良いジャン?
はやりはまた、気分の上げ下げと音の上げ下げを混ぜてしまっている。
かける上がる下がるは気分ではなく、糸の音程の高さだ。
かけるの説明に、はやりは真剣な顔でうなずいた。つむぎには、その真剣さが少しだけあやしく見えた。
かける三下りは一番音階が難しいため中上級者向けだ。
本調子、二上り、三下り。三味線の音は、ただ弾くだけではなく、調子を選ぶところから始まっている。講義はここで終わり、いよいよ実践へ戻ることになった。
P7|三味線入門曲でセッション|とらじょさまから行こう
かけるは三味線を抱えたまま、ともえとひびきの方を向いた。
かける待たせてすまねえ。こいつらまだ初心者だから、三味線入門曲のとらじょさま、津軽甚句、嘉瀬奴踊りから行こうと思うが出来るか?
はやり月曜と水曜日、練習した曲ジャン!!
はやりは得意げに胸を張った。月曜と水曜に練習した。たしかに練習はした。完璧かどうかは、また別の話だった。
ともえその曲なら民謡の会でもやった事あるだ。
ともえは篠笛をそっと持ち直した。ひびきは民謡締め太鼓と平太鼓を見比べる。
ひびき太鼓は三味線と合わせるなら民謡太鼓良いじゃろ。
三味線、篠笛、太鼓。音が揃えば、きっとただの練習では終わらない。つむぎは三味線の棹を握る手に、少し力を込めた。
P8|たいきちとなおと登場|おいも混ぜんね!
その時、練習室の入口が勢いよく開いた。
白い法被に白半ズボン。尺八を持ったたいきちと、箏担当のなおとが顔をのぞかせる。
たいきち混ぜてくれ!
言葉より先に、たいきちの勢いが部屋の中へ飛び込んできた。
たいきちどぎゃんしたっちゃ!こんなかぬっかぞ!!なんば楽しそうなことしよっとか!おいも混ぜんね!
はやり???イエスイエス、ジャン。
たいきちなんがイエスか!おいは外人じゃなかッつぉ。
たいきちがむきになると、今度はひびきが眉を上げた。
ひびきたいきち!わりゃ標準語でしゃべらんといっちょんわからんけん。
たいきちおいは標準語でしゃべりよろうもん!
標準語とは何か。練習室の空気が、三味線の調子とは別の方向へ一気に乱れ始めた。
P9|方言バトル|個性丸出しじゃねえか!
ひびきとたいきちは、今にもがるると噛みつき合いそうな顔で向かい合っていた。
その真ん中で、なおとは涼しい顔をしている。
なおと二人ともお客さんの前でどんぐりのせいくらべやめなよ。
おすまし顔で言い切ったなおとに、たいきちとひびきの視線が同時に刺さる。
なおと直訳すると、僕たちも参加していいかなって言いたいんだけど。どうかな?
なおとは少しだけかっこつけて、髪を整えるようなしぐさをした。
かけるてやんでい!てめえら個性丸出しじゃねえか!
その言葉に、部屋の全員が一瞬だけ黙った。
つむぎも、はやりも、りゅうこうも、ともえも、ひびきも、たいきちも、なおとも、同じことを思った。
全員の心の声あんたもね~~~。
三味線の調子を学ぶはずの時間は、いつの間にか、方言と個性のセッションへ変わっていた。
P10|とらじょさま解説|初心者にちょうどいい入門曲
最初にかけるが取り上げたのは、「とらじょさま」だった。
かけるとらじょさま、虎じょ様は、旧盛岡藩領、つまり岩手県北部から青森県東部にかけての南部地方に伝わる陽気な盆踊り唄・民謡だ。
かけるは三味線をいったん置き、唄の一句を口ずさんだ。
♪ とらじょさまから
♪ なに買ってもらた
♪ お白粉七色蛇の目傘
明るく、どこか人なつっこい旋律が、民謡会館の練習室にふわりと広がる。
かけるとらじょは、虎蔵がなまったという説だ。
はやりは「虎?」「蔵?」と首を傾げていたが、つむぎはかけるの説明を聞きながら、音の動きに耳をすませていた。
かける構成が3パートしかなく、使うツボも0、3、4、6の4種で完結して、技もスクイだけでも対応可。津軽三味線の初心者の入門曲として最適だ。
難しすぎず、けれど民謡らしい味がある。つむぎたちが最初に合わせるには、まさにぴったりの曲だった。
P11|しっとうや?とらじょさまドンと来い|迷子になるはやり
たいきちとなおとは、まず横で見学することになった。
たいきちなおと、おまえしっとうや?
なおとボクは初めて聴くなあ。
二人が見守る中、かけるとりゅうこうはすぐに三味線を構えた。
かけるのバチは迷いなく皮を打ち、りゅうこうも半目のまま、何事もないようにスラスラと音をつないでいく。
つむぎ月曜と水曜に練習したけど、まだうろ覚えだ・・。
つむぎは必死に指の位置を追った。頭の中で、0、3、4、6とツボの番号を唱えながら音を探す。
はやりとらじょさまでもライオン様でもドンと来いジャン!
はやりは自信満々だった。ところが、数小節進んだところで、ぴたりと手が止まった。
はやり今どこジャン!?
勢いだけでは、曲の中の現在地までは教えてくれない。はやりの音は、早くも迷子になっていた。
P12|勝手に楽しむ4人|笛と太鼓が入ると音が変わる
つむぎとはやりが必死に追いかける中、ともえが篠笛を口元へ運んだ。
すっと息が通る。三味線だけだった空気に、やわらかい笛の音が重なった。
続いて、ひびきの民謡太鼓が入る。
軽やかな笛と、体の芯に届く太鼓。その二つが加わった瞬間、「とらじょさま」はただの練習曲ではなく、みんなで遊ぶようなセッションに変わった。
かけるは、にやりと笑う。音が広がっていくのが楽しいのだ。
りゅうこうは相変わらず半目で、表情はほとんど変わらない。けれど、バチさばきだけは別だった。
迷いのない右手。静かに走る音。りゅうこうのテンションは、顔ではなく音に出ていた。
つむぎは、その音の中で必死に食らいつきながら思った。合わせるって、ひとりで弾くよりずっと難しい。でも、ずっと楽しい。
P13|たいした事ないジャン|強がりと博多弁ツッコミ
とらじょさまが終わった。
かけるとりゅうこうは余裕の表情で三味線を構え直している。二人にとっては、まだ準備運動のようなものだった。
つむぎついていくのがやっとだった。
つむぎは肩で少し息をしながら、三味線を抱え直した。最後まで弾けた。けれど、余裕はまったくなかった。
はやりまあとらじょさまもたいしたことないジャン……。
はやりは明らかに強がっていた。途中で迷子になったことなど、なかったことにしたい顔だ。
たいきちきさん、全然ひけちょらんったい!
たいきちの遠慮のない一言が、はやりの胸にまっすぐ飛んできた。
はやり言葉の意味わからんばってん、なんば悪口いいよるジャン。
言葉の意味はわからない。けれど、悪口を言われたことだけは、はやりにもはっきり伝わっていた。
P14|方言もセッション|標準語とは何か
つむぎはやり、言葉がうつっとうよ。
はやりつむぎもジャン!
はやりが言い返すと、たいきちが胸を張った。
たいきちきさんたちゃ、おいの標準語いっちょん真似できとらんったい!
たいきち本人は、どうやら本気で標準語を話しているつもりらしい。
なおとハイハイ。この中でまともな標準はボクだけだってば。
なおとはおすまし顔で言った。その言い方が、また少しキザだった。
はやりこのキザの中分け野郎のどこがまともジャン!
なおとの笑顔が、一瞬だけ固まった。
かけるてやんでい。方言もなまりもセッションのうちでい!
かけるがそう言うと、みんなは少しだけ笑った。
三味線の音も、笛の音も、太鼓の音も、方言も、性格も、みんな違う。だからこそ、合わせた時に面白い。民謡会館の練習室には、音になる前のセッションがもう始まっていた。
P15|津軽甚句の解説|ツボが一個増えたジャン
次にかけるが取り上げたのは、津軽甚句だった。
かける津軽甚句、つがるじんくは、青森県津軽地方、主に弘前市一帯に伝わる代表的な盆踊り唄でい。
盆踊り唄。そう聞くと、つむぎの頭には、人が輪になって踊る夏の夜の景色が浮かんだ。
かける別名どだればちとも呼ばれ、津軽弁を巧みに織り交ぜたユーモラスな歌詞が特徴だ。
言葉の面白さが唄になる。さっきまで方言で盛り上がっていたみんなには、なんだかぴったりの曲だった。
かける津軽甚句は7・7・7・5の短い定型詩をベースに、歌い手によって様々な歌詞が即興的に歌い継がれてきた。
決まった形がある。けれど、その中で自由に歌い継がれる。つむぎは、民謡の中にある「決まり」と「遊び」の両方を感じた。
かける三味線のツボは0、3、4、6、9まで使う。
はやりツボが1個増えたジャン。
はやりの顔から、少しだけ余裕が消えた。
P16|津軽甚句の歌詞|かける先輩、美声だな
かけるは三味線を抱え、少し息を整えると、津軽甚句の歌詞を唄い始めた。
♪ 高い山コから 田の中見れば
♪ ホーイホイ
♪ 見れば田の中 稲よく実る
♪ ホーイホイ
民謡会館の空気が、ぱっと田んぼの景色へ変わったようだった。遠くに山があり、その下に稲が実っている。かけるの声は、思っていたよりずっと伸びやかだった。
ともえさっきのとらじょもだが、かける先輩美声だな。
はやりんだんだ見かけによれねえだジャン!
ともえの言葉に便乗したはやりの一言で、かけるの眉が跳ね上がった。
かけるてやんでい!一言よけいだ!
怒ってはいるが、耳のあたりが少しだけ赤い。つむぎは、それに気づいて小さく笑った。
P17|津軽甚句セッション開始|真っすぐで行こう
かけるは三味線を構え直し、みんなを見回した。
かける跳ねたリズムでも真っすぐでもどっちでも行けるが、嘉瀬奴踊りと差別化を図るため甚句は真っすぐで行こう。
つむぎひょええ、私達まだ真っすぐしかやったことないから。
つむぎの不安をよそに、セッションは始まった。
ひびきの太鼓が、明るく拍を刻む。体ごと音を楽しんでいるような打ち方だった。
ともえの篠笛は軽やかに上を飛んでいく。三味線の音に寄り添いながら、風のように流れていった。
かけるとりゅうこうは、二人揃って安定していた。かけるは力強く、りゅうこうは静かに正確に。二人の三味線が、曲の芯を支えている。
つむぎはその音の中で、必死に自分の音を探した。遅れないように。止まらないように。前の音に、次の音をつなげていく。
P18|三味線クラブ凸凹コンビ|リズムがバラバラじゃあ
つむぎあれ?どうやって弾くんだっけ。
つむぎの頭の中で、覚えたはずの指の位置がするりと逃げていく。
はやりはやりちゃんに不可能という文字はないジャン!!
はやりは勢いだけは満点だった。けれど音階もリズムも、見事にあちこちへ飛んでいた。
りゅうこういや、不可能しかない・・。
りゅうこうの静かな一言が、練習室にすっと刺さる。
ひびきうわっとリズムがバラバラじゃあ。
ひびきは太鼓の前で目を丸くした。合わせるはずのリズムが、あちらこちらへ散らばっている。
たいきちあ~~もうじれったいたい!
なおと聴くに絶えないよ。
たいきちは前のめりになり、なおとは冷静に言い切った。つむぎとはやりの凸凹コンビは、まだまだセッションの波に乗り切れていなかった。
P19|ドンマイドンマイジャン!|はやりは大物になる
つむぎ全然ついていけなかった。
つむぎは肩を落とした。とらじょさまよりも難しい。音を追うだけで精一杯で、楽しむ余裕まではまだなかった。
はやりまあまあドンマイドンマイジャン!!
はやりは明るく励ました。自分もかなり危なかったはずなのに、その声だけはやけに元気だった。
かけるすっとこどっこい!おとといきやがれ!
はやりおとといは学校で練習してたジャン!
はやりは本気で返してしまった。かけるは一瞬、何を言えばいいのかわからない顔になった。
ともえはやりちゃんは、めんこいだな。
ひびきほんに、いまに大物になりそうじゃの。
失敗しても、怒られても、はやりの調子は落ちない。つむぎはその明るさに少し救われた。
まだ弾けない。まだ合わない。けれど、笑いながら続けられるなら、きっと少しずつ音は近づいていく。
P20|嘉瀬奴踊り説明|ツボがもう一個増えたジャン!
津軽甚句の次に、かけるが取り上げたのは嘉瀬奴踊りだった。
かける嘉瀬奴踊りは、青森県五所川原市金木町嘉瀬地区に古くから伝わる伝統的な郷土芸能、民謡・手踊りだ。
かけるの言葉に合わせて、つむぎの頭の中には、昔の田植え風景が浮かんだ。土の匂い、苗の緑、踊りながら進む人々の姿。
かける元禄年間、十七世紀後半から始まったと伝えられており、元々は田植踊りの一部だったんだ。
民謡はただの曲ではない。暮らしや仕事、土地の記憶とつながっている。つむぎは、象山の紙芝居で聞いた話を思い出した。
かける三味線のツボは0、3、4、6、9、10まで使う。
はやりツボがもう一個増えたジャン!
はやりの顔が、また少し引きつった。曲が進むたびに、覚えることも増えていく。
かける更に4枚バチ。リズムはタンタチッキとはずむリズムだ。
はやりチキンならケンタチッキジャン!
どこからともなく、頭の中で「コケッ」と鳴くとぼけたチキンが通り過ぎた。かけるは深くため息をついた。
P21|嘉瀬奴踊り歌詞|二人とも調子いいだよ
かけるは、嘉瀬奴踊りの唄を口ずさんだ。
♪ ハア ヨヤナカ サッサ
♪ さあさ これから 奴踊り踊る
♪ さあさ これから 奴踊り踊る
田植えの景色が浮かぶような唄だった。足を踏み、腕を大きく動かしながら、みんなで踊る姿が目に浮かぶ。
その拍子に誘われて、はやりが体を揺らし始めた。つむぎもつられて、少しだけ手を動かす。
気づけば二人は、三味線を抱えたまま小さく踊っていた。
ともえ二人とも、調子いいだよ。
ともえが手拍子をしながら、やさしく笑った。はやりは褒められたと思って、さらに得意げになる。
かける扇子や道具を持たず、素手による力強い身振りと足踏みで踊るのが大きな特徴だ。
かけるは両手を頭上に掲げ、中腰になって踊りの型を見せた。三味線だけではなく、唄と踊りも一体になっている。
つむぎは、民謡が音だけでなく、体ごと楽しむ文化なのだと感じた。
P22|セッション開始|はずむリズムで行こうぜ
かけるこれは踊りの唄だから、はずむリズムで行こうぜ。
かけるが三味線を構えると、ひびきが太鼓の前でバチを握り直した。
ひびきテンポはこれでどうじゃ?カッカカッカカッカカッカ。
ひびきの太鼓が、部屋の空気を軽く跳ねさせる。真っすぐな甚句とは違い、嘉瀬奴踊りは体が自然に動き出すようなリズムだった。
かけるとりゅうこうは、三味線を片手に「いいね」と言うような表情を見せた。
そして演奏が始まる。かけるは楽しそうに、りゅうこうはいつも通りクールに、けれど確かな音でリズムへ乗っていく。
一方、はやりとつむぎは大忙しだった。
はやりはちぐはぐでも楽しそうに弾き、つむぎは「あわわ」となりながら必死についていく。完璧ではない。けれど、二人の音には、前よりも少しだけ勢いがあった。
P23|不満なたいきちとなおと|今日ずっと見学たい?
セッションが盛り上がるほど、たいきちとなおとの表情は少しずつ曇っていった。
たいきちきさんたちゃ楽しそうでよかのう。
なおとまったくだよ。ボクたちを差し置いて。
たいきちは尺八を抱えたまま、ふくれっ面になっていた。なおとは苦笑いをしているが、内心はかなり気になっているらしい。
たいきちおいたちゃ、今日ずっと見学たい?
なおとまさか・・ボクの箏の出番が無いなんて!
なおとは大げさに肩を落とした。箏の前に座っているのに、まだ音を出す場面がない。
三味線、篠笛、太鼓は盛り上がっている。けれど、たいきちの尺八となおとの箏は、まだセッションの輪に入れていなかった。
楽しい音が響くほど、二人の置いていかれた感じは、どんどん大きくなっていった。
P24|嘉瀬奴踊り終了|タイとキザは観てるだけだったジャン
嘉瀬奴踊りのセッションが終わった。
ともえ、ひびき、りゅうこうに向かって、かけるが親指を立てる。
かける絶好調だな!
音は気持ちよくまとまっていた。笛、太鼓、三味線。それぞれが役目を果たし、部屋の中に心地よい余韻が残っている。
はやり調子良くないジャン!!
けれど、はやりは拳を突き上げて叫んだ。つむぎも、演奏の難しさにまだ少し息を整えている。
かけるお前らは経験不足だからしょうがねえ。もっと練習するこった。
かけるの言葉は厳しいが、突き放す感じではなかった。練習すれば、届く。そう言っているようにも聞こえた。
はやりタイとキザは観てるだけだったジャン。
なおとえ?キザって誰のこと?
なおとは本気でとぼけた顔をした。全員の視線が、静かに彼へ集まった。
P25|調子よかジャン!|みんなでやれるのが一番
たいきちキザは、きさんしかおらんやろうもん。
たいきちがすかさず言うと、なおとは少しだけ目をそらした。
たいきちそらそうと、おいたちゃいっちょん楽しくなかごたあぞ。
たいきちの言葉には、怒りというより、混ざりたい気持ちがにじんでいた。
はやり言葉の意味はわからんけんが、みんなでやれるのが一番、調子良かジャン!
はやりは意味を半分もわかっていない。それでも、言いたいことの中心だけはまっすぐ届いていた。
たいきちおいも混ざれる曲がよか!
なおと僕も箏で入れる曲があると嬉しいな。
三味線だけではなく、尺八も、箏も、篠笛も、太鼓も入れる曲。みんなが入れる曲があれば、本当の意味での和楽器セッションになる。
つむぎはその言葉を聞きながら、胸が少し熱くなるのを感じた。
P26|ごめんしてけろ|春の海か、黒田節か
ともえごめんしてけろ。オラたちスッカリ夢中になって忘れてただ。
ともえは申し訳なさそうに頭を下げた。ひびきも太鼓のバチを置き、たいきちとなおとを見る。
ひびき今度はタイキチ達にあわせるけん、リクエストしんさい。
その言葉に、なおとの目がぱっと輝いた。
なおとほんとに?じゃあ春の海!
箏といえば、という顔でなおとが言う。だが、たいきちは即座に食いついた。
たいきちなんばいいよっとや!!オトコなら黒田節にきまっとろうもん!
春の海と黒田節。方向が違いすぎる二つの曲名に、つむぎは目をぱちぱちさせた。
かけるてやんでい!俺たちゃオンナだすっとこどっこい!
かけるの勢いある一言で、たいきちもなおとも一瞬止まった。
曲を合わせる前に、まず全員の希望を合わせる必要がありそうだった。
P27|りんご節|二週間の練習期間をくれ!
かける三味線でそこまでアレンジする腕は、まだこいつらにねえ。
かけるは冷静に言った。春の海も黒田節も魅力はある。だが、今のつむぎとはやりに合わせるには、まだ少し遠い曲だった。
たいきちなら、りんご節ならどげんや?
たいきちが食い下がる。その一言で、かけるの表情が変わった。
かける確かに。りんご節なら津軽三味線でも代表的で、三味線にも合うし、箏や篠笛が入ってもおかしくねえ。
りんご節。つむぎはまだ弾いたことがない。けれど、名前を聞いただけで、青森のりんご畑の景色が浮かぶようだった。
はやりりんごってよりイガグリじゃん。
たいきちの頭を見て、はやりがぼそりと言った。たいきちは「なんば言いよっとか」と目を細める。
かけるただし、つむぎとはやりはまだ弾けないから、2週間の練習期間をくれ!
かけるの言葉に、場の空気が引き締まった。次に合わせる時は、全員でりんご節をセッションする。そのための二週間が始まろうとしていた。
P28|二週間後にりんご節|またセッションできるだね
つむぎは三味線を抱え直した。これまで何度も、うまくいかない経験をしてきた。音が出ない日も、指が追いつかない日も、悔しい日もあった。
でも、そのたびに少しずつ前へ進んできた。
つむぎよし!二週間後に、りんご節の合わせだね!
つむぎの目には、さっきまでの不安とは違う、はっきりした闘志が宿っていた。
なおと次こそ、決めるからね!
たいきちおいたちも他の曲もあわせらるうごと覚えておくたい!
りゅうこうよされ!
りゅうこうの短い一言に、みんなが小さく笑った。言葉は少なくても、りゅうこうなりの前向きさは伝わってくる。
ひびきこりゃまた楽しみがでけたのう!!
ともえじぇじぇじぇ!!またセッションできるだね!
約束が生まれた。二週間後、全員でりんご節を合わせる。
民謡会館の前半パートは、失敗と笑いと、新しい目標を残して幕を閉じた。
P29|梅雨入りの金曜日|音楽室に雨の音
翌日金曜日。放課後の澄美田小学校音楽室。
窓の外では、朝から降り続く雨が校庭を濡らしていた。灰色の空の下、紫陽花の花だけがしっとりと色を残している。
梅雨入りした。
音楽室の中は、いつもより少し暗く、窓ガラスには細かな雨粒がいくつも流れていた。
三味線クラブの練習日。けれど、雨の日の三味線は、晴れの日とは少し違う顔を見せる。
かけるてやんでい。梅雨はじめじめして皮の鳴りもジメってらあ。
かけるは窓の外を見ながら、少し不機嫌そうにぼやいた。三味線の皮は湿気に敏感だ。雨の日は、音も気分も重くなりやすい。
つむぎ本当に良く降るね・・・。
つむぎも窓の外を見つめた。雨音は静かに、けれど途切れることなく音楽室を包んでいた。
P30|雨雨ふれふれジャン|かける先輩が〜ジャン!
そんなじめじめした空気の中で、ひとりだけ妙に楽しそうな人物がいた。
はやりだ。
はやりは三味線を抱え、雨音に合わせるように弦を鳴らし始めた。音符がぽんぽん飛び出しそうなほど、顔は明るい。
はやりあめあめふれふれかける先輩が~ジャン!
その瞬間、かけるの顔がぴしりと固まった。
かけるてやんでい!これ以上降られてたまるか!
雨を呼び込むようなはやりの替え歌に、かけるは即座にツッコんだ。
つむぎちょっと続き気になるかも・・。
つむぎが小さくつぶやくと、かけるは「気にするな」と言いたげに眉を寄せた。
けれど、音楽室の空気は少しだけ軽くなっていた。
P31|もっとふれジャン|じめじめ気分を吹き飛ばせ
はやり気持ちまでじめじめする事ないジャン!
はやりは三味線を抱えたまま、にっこり笑った。
かけるそれもそうだな!
かけるも少しだけ表情をゆるめた。雨が止まらないなら、気分だけでも晴れにするしかない。
はやり雨雨ふれふれもっとふれ~ジャン!
ところが、はやりはすぐに調子へ乗った。三味線を鳴らしながら、さらに雨を呼び込むように歌い出す。
りゅうこうどうせ唄うなら、うたを選べ。
りゅうこうが静かに言った。声は低く、短い。けれど、的確だった。
つむぎいえてる・・・。
つむぎも小さく同意した。
雨の空気を笑いに変えたところで、いよいよ二週間後に向けた本格的なりんご節特訓が始まる。
P32|りんご節解説|サクラサクラの音階
かけるは黒板の前に立ち、りんご節の説明を始めた。
つむぎの頭の中には、雨の音楽室とは対照的に、明るいりんご畑の景色が広がっていく。
かけるりんご節は、りんごの名産地である青森県に伝わる新民謡だ。
かける昭和初期に津軽民謡の大家である成田雲竹、なりたうんちく氏によって作詞・作曲された。
はやり作った人が限定特定されてる珍しいジャン。
民謡と聞くと、誰が作ったかわからない古い唄のように思える。けれど、りんご節は作った人がはっきりしている新しい民謡だった。
かける青森の美しい四季と、りんご栽培に生きる人々の姿が情緒豊かに歌い上げられる。
かけるは続けて、三味線のツボと音階の説明に入った。
かける5と7の11のツボは中指を使う。音階はミ・ファ・ラ・シ・ド・ミ。サクラサクラの音階だ。
サクラサクラの音階。そう聞くと、つむぎにも少しだけ音の色が見えた気がした。
かけるちなみに、とらじょ、津軽甚句、嘉瀬奴は、ロックやブルースとも良く合うラ・ド・レ・ミ・ソの音階だ。
民謡とロック、民謡とブルース。一見遠いものが、音階でつながる。つむぎは、三味線の世界がまた少し広がった気がした。
P33|りんご節|3枚バチならみつバチジャン!
かける構成は前奏、唄の上の句、間奏、唄の下の句、後奏。続ける時は間奏。
りんご節は、ただ最初から最後まで弾けばいいわけではない。どこが唄で、どこが間奏なのかを意識する必要がある。
かけるリズムはタタツン。前後バチで後ろ2回、前1回ってリズムを刻んで行くんだ。
かけるは三味線の皮を示しながら、後ろ、後ろ、前とバチの位置を見せた。
かけるリズムは真っすぐだから、初心者の3枚バチの練習にさいてきなんだ。
つむぎは小さくうなずいた。まだ難しい。けれど、練習すれば手が覚えてくれそうな気もする。
はやりおおおお、3枚バチならまさにみつバチジャン!
はやりの言葉に、空気の中をかわいいミツバチが飛び回ったような気がした。
つむぎはやり、それナイス!
かける珍しくはやりのヒットだな。
はやりは胸を張った。たとえ練習が難しくても、こうして覚えやすくなれば少し前へ進める。
P34|迷子のはやりとつむぎ|音もバチも迷子になる
月曜、水曜、金曜。音楽室での練習は続いた。
雨の日も、蒸し暑い日も、つむぎとはやりは三味線を抱えて音楽室へ通った。
基本曲を弾けるようになるため、わたしたちは練習を続けた。
はやり音が迷子ジャン!
はやりは津軽甚句と嘉瀬奴踊りがごちゃ混ぜになって、目をぐるぐるさせていた。
かけるてやんでい!津軽甚句は真っすぐ。嘉瀬奴踊りは跳ねる。
かけるは、はやりの手元を見ながら丁寧に指導した。勢いだけでは、真っすぐと跳ねるの違いは越えられない。
りゅうこうチリたらのチリは前。
りゅうこうは静かに見本を示した。言葉は少ないが、手元は正確だった。
つむぎ前後バチもどっちに行くか迷子になる~~。
つむぎはバチを握りしめたまま、あわあわと目を泳がせた。
音も、リズムも、バチの位置も、まだまだ迷子になる。それでも、迷いながら手を動かす時間が、少しずつ二人を成長させていた。
P35|成果が出始めジャン|10日後の小さな手応え
十日後。
音楽室に、はやりの三味線の音が響いた。
♪ ジャジャジャジャーン
はやりは、とらじょさまを最後まで弾ききった。まだ荒さはある。けれど、途中で止まらなかった。
かけるお!とらじょさまは弾けるようになったな!!
かけるの声には、少し嬉しさが混じっていた。
つむぎ私も4曲、一通りは最後まで弾けるようになりました。
つむぎは少し照れながら報告した。完璧ではない。けれど、最初の頃のように曲の途中で完全に迷子になることは減ってきた。
かけるああ、だが前後バチはまだまだだな。
褒めたあとで、かけるはすぐに課題も示す。
はやり右手と左手をバラバラに動かすなんて、まさに脳トレジャン!
はやりは明るく笑った。その表情には、少しずつ自信が戻ってきていた。
とらじょさま、津軽甚句、嘉瀬奴踊り、そしてりんご節。最初より弾けるようになっている。その実感が、二人の背中を押していた。
P36|調子良いジャン!!|ついに完奏
つむぎ嘉瀬奴踊りの跳ねる感じ、難しい。
つむぎはまだ、跳ねるリズムに苦戦していた。真っすぐ弾く時より、体の中の拍を大きく感じなければならない。
はやりりんご節の中指遣いも3枚バチも難しいジャン!
はやりも、さすがに簡単とは言えなかった。けれど、諦める顔ではない。
かけるてやんでい!もうちょっとだ、頑張れ!
かけるの声に背中を押され、つむぎとはやりはもう一度三味線を構えた。
♪ ジャーン
二人の音が、最後までつながった。
完璧ではない。けれど、止まらなかった。迷子にならなかった。最後の音まで、たどり着いた。
りゅうこう完奏。
りゅうこうはいつもの無言男子の表情のまま、指先で小さくグッドサインを出した。
はやり調子良いジャン!!
はやりの声が、音楽室いっぱいに弾けた。
雨の季節のじめじめした空気を突き抜けるように、その言葉は明るく響いた。二週間後のりんご節セッションへ向けて、つむぎとはやりの調子は確かに上がっていた。
P37|二週間後の木曜稽古|今度こそ和楽器でシャミる!!
二週間後の木曜稽古。
つむぎたちは再び、民謡会館へやって来た。
コンクリートの壁と土間の床。二週間前と同じ練習室なのに、つむぎには少し違って見えた。三味線を抱える手にも、前より確かな重みがある。
入口では、たいきち、ともえ、なおとが三人並んで待っていた。
たいきちおおお!待ちかねたぞ。
たいきちは尺八を片手に、待ちきれなかったという顔で身を乗り出した。
なおとあ、なんか2週間前より凛々しいね。
箏の前に座ったなおとは、つむぎとはやりを見て少し感心したように笑った。
はやりこうご期待ジャン!
はやりは三味線を掲げて、いつものように元気よく胸を張る。
つむぎ今度こそ和楽器でシャミる!!
つむぎは三味線を抱え、まっすぐ前を見た。二週間分の練習を、今日ここで音にする。
P38|りんご節スタート|見違えたよ!
たいきちおっせこっせ、りんご節からいくたい!
たいきちは待ってましたとばかりに声を上げた。尺八を構える姿にも、わくわくした気持ちがにじんでいる。
はやり了解ジャ~ン!
はやりも負けないくらい元気よく返す。
つむぎとはやりは並んで三味線を構えた。二週間前のような不安だけの顔ではない。まだ緊張はある。けれど、音を出す準備はできていた。
♪ ジャン
♪ タタツン
♪ タタツン
三味線の音が、前よりも安定して響いた。
指が迷わない。バチが止まらない。つむぎとはやりの音が、りんご節の流れに少しずつ乗っていく。
たいきちきさんたちゃ、うまかっちゃん!すいとうぞ!
たいきちは感激したように目を輝かせた。
なおとほんと、見違えたよ!
なおとも素直に驚いていた。その言葉に、つむぎの胸がじんわり熱くなった。
P39|ともえは唄で入る|春はりんごの、いと花盛りよ
りんご節の流れが形になり始めると、ともえが静かに口を開いた。
ともえんだば、オラは尺八と被らないよう、篠笛ではなく唄で入るだ。
ともえは篠笛をそっと置いた。今回は笛ではなく、唄で重なる。
なおとの箏が、やわらかく音を添える。弦の響きが、三味線とは違う広がりを作った。
ひびきの民謡太鼓が、全体の足元を支える。軽く、けれど確かに拍を刻む。
かけるとりゅうこうの三味線が芯を作り、つむぎとはやりの三味線がそこに続く。
そして、ともえの唄が入った。
♪ 春はりんごの いと花盛りよ
その声は、りんごの花がふわりと咲くように澄んでいた。
三味線、箏、尺八、太鼓、そして唄。二週間前にはまだ遠かった和楽器セッションが、いま確かに形になっていた。
P40|ともえの唄と唄弾き|かける先輩にも苦手なもの
ともえの澄んだ唄声は、さらに練習室の中へ広がっていった。
♪ いとしおとめのよ~ほ~い
♪ ええ舞い踊り
つむぎは、弾きながら思わず聴き入ってしまいそうになった。唄が入ると、曲の景色が変わる。音だけだったものに、言葉と情景が重なっていく。
かけるおまえさん、唄もうめえな。
かけるが素直に褒めると、ともえは少し照れたように目を丸くした。
かける三味線はもともと唄の伴奏楽器で、唄弾きが大事だが、俺はまだ弾きながらだと唄えねんだよな。
かけるが自分の苦手を口にした。いつも強気で何でもできそうなかけるにも、まだ練習中のことがある。
ともえじぇじぇじぇ、かける先輩にも苦手なものあっただな。
ともえは驚きながらも、どこかうれしそうだった。
その時、ひびきがふと思い出したように顔を上げた。
ひびきそういやあ最近、ストリートの三味線唄弾きパフォーマンスがバズっとったよ。
ストリートの三味線唄弾き。その言葉に、かけるの眉が少し動いた。
P41|スマホの中の路上ライブ|アニキじゃねえか!!
かけるおっと。どっこい、後ろ髪ひかれる思いだぜ。
そろそろ稽古を締めようとしたかけるが、名残惜しそうに言った。
その言葉を聞いたはやりは、すかさずかけるの高いポニーテールへ手を伸ばした。
はやりツンツン。
かけるてやんでい、ほんとに引っ張るな!
はやりがけらけら笑う横で、ひびきはスマホを取り出した。
ひびきこれじゃ。
差し出されたスマホ画面には、路上で演奏する三人の姿が映っていた。
三味線を立って弾く少年。アコースティックギターを構えるアコ。ブルースハープを鳴らすブル。
和楽器とストリートの音が混ざり合う、まったく新しい雰囲気のパフォーマンスだった。
かけるあ、アニキじゃねえか!!
かけるの声が、練習室に響いた。
はやり唄弾きの研究に行くっきゃないジャン!!
はやりの目が、また新しい冒険を見つけた時の光を放っていた。
りんご節のセッションで手応えをつかんだつむぎたち。次に待っているのは、唄弾きとストリートパフォーマンスの世界だった。
P42|次回予告|開けコマ!三味線の唄弾きと曲弾き
シャミる! 次回予告
スマホの中に映っていたのは、かけるの兄によるストリートパフォーマンスだった。
つむぎかける先輩のお兄さんがストリートパフォーマンス!?
はやり唄弾きの突撃研究ジャン!!
かけるてやんでい!てめえらはついてこなくていい!!
りゅうこう・・・ついてく。
りゅうこうの静かな一言で、かけるの抵抗はさらに難しくなった。
かけるえ~い!こんちきしょう!!
つむぎ・はやり次回も見どころ満載!!
三味線は、ただ弾くだけじゃない。唄いながら弾く唄弾き、派手に魅せる曲弾き、そして街で響く新しい音。
つむぎたちの三味線クラブは、またひとつ新しい世界へ踏み出していく。
かける次回もぜってえ観てくれよな。
次回、第8話
開けコマ! 三味線の唄弾きと曲弾き











