1話までのあらすじ
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シャミる!第2話それ、楽しそうジャン! 小説版
シャミる!第2話|小説版
漫画版では描ききれない心の動きや物語の背景を、小説版としてページごとに読むことができます。読みたいページを開いてご覧ください。
第2話 P1|校門前、メンバー募集!
朝の澄美田小学校。春のやわらかな光が校門を包みこみ、登校してくる子どもたちの声があちこちに弾んでいた。
その校門のそばに立っていたのは、手作りのチラシを抱えた二人の少女――つむぎとはやりだった。
「さあさあ! 三味線クラブメンバー、だいだいだい募集中だよー!!」
はやりは、まるでお祭りの呼び込みみたいに元氣いっぱいの声を張り上げる。手には、二人で時間をかけて作った手作りのチラシ。そこには、三味線の絵や花の飾りがにぎやかに描かれていて、いかにも“はやりらしい”明るさがあふれていた。
その隣で、つむぎもチラシを胸の前に抱えながら、通りかかる子へおそるおそる声をかける。
「あ、あの……三味線クラブです……」
小さな声だった。けれど、その声にはちゃんと勇気がこもっていた。第一話で三味線の音に心を動かされたあの日から、つむぎの中では確かに何かが変わり始めていたのだ。
もちろん、緊張しないわけじゃない。知らない誰かに声をかけるのは、つむぎにとって簡単なことではなかった。それでも今日は、はやりが隣にいてくれる。
「見学だけでも大歓迎ジャン!」
つむぎの小さな声を、はやりの大きな笑顔が後押しする。その勢いに、通り過ぎようとしていた子たちも思わず足を止めた。
「三味線クラブ?」
「なにそれ?」
そんな反応すら、つむぎには少し嬉しかった。まだ知られていない。だからこそ、今から伝えていけるかもしれない。そう思えたからだ。
こうして、つむぎとはやりの三味線クラブづくりが始まった。
第2話 P2|一週間前、クラブ活動説明
――一週間前。
澄美田小学校の教室では、これから始まるクラブ活動についての説明が行われていた。教室の前に立つ丹仁野先生は、いつものようにやさしく落ち着いた声で、子どもたちへ話しかけていた。
「澄美田小学校では、四年生からクラブ活動に参加できます」
つむぎは机に向かい、先生の言葉をひとつひとつ丁寧にメモしていた。聞き逃さないように、真剣なまなざしで黒板を見つめる。その隣では、はやりが目をきらきらさせながら先生の話を聞いていた。
「参加は自由ですが、毎年たいていの子が何かしらのクラブに入っています」
教室の空気はいつもと少し違っていた。新しいことが始まる前の、わくわくとした空気。何に入ろうかと考えている子もいれば、もう決めている子もいる。
けれど、つむぎとはやりの耳にいちばん強く残ったのは、その次の言葉だった。
「そして、新しいクラブとして認められるには、最低四人のメンバーが必要です」
最低四人。
つむぎは、その数字を頭の中でそっと繰り返した。四人。今の自分たちは二人。つまり、あと二人必要だということになる。
すると次の瞬間、はやりがぱっと身を乗り出した。
「四人なら、あと二人見つければいいんジャン!」
あまりにも迷いのないその言葉に、つむぎは思わず目を丸くした。
「えっ……!」
不安に考えてしまいそうな条件も、はやりの口から出ると、まるで今すぐ叶えられそうな目標に聞こえてしまう。
あと二人。
その一言が、つむぎたちの“仲間集め”の始まりになった。
第2話 P3|新しいクラブは、けっこう厳しい?
「四人なら、あと二人見つければいいんジャン!」
はやりの声は、教室の空気をぱっと明るくした。まるで、あと二人くらいなら今すぐ見つかりそうだと言わんばかりの勢いだった。
けれど、丹仁野先生はやさしく微笑みながらも、少しだけ真剣な表情になった。
「でもね。新しいクラブを立ち上げるのは、思っているより大変よ」
つむぎは、手元のノートに書いた「最低四人」という文字を見つめた。
二人なら、あと二人。数字だけ見れば、とても近いように思える。けれど、先生の言葉を聞いた瞬間、その「あと二人」が急に遠く感じられた。
「サッカーや野球、茶道や家庭科みたいに、人気のクラブはもう勧誘もしっかりしているから」
つむぎの頭の中に、校庭で元氣に走るサッカー部の子たちや、野球の練習をする子たちの姿が浮かんだ。静かな茶道クラブや、楽しそうに料理をする家庭科クラブもある。
みんな、もう入りたいクラブを決めているのかもしれない。
新しいクラブを作るって、やっぱり簡単じゃないんだ……。
つむぎの胸に、不安が少しだけ広がった。
その時だった。
「楽勝! 楽勝!」
はやりが、迷いのない声で言った。両手をぎゅっと握りしめ、目をきらきら輝かせている。
つむぎは思わず、はやりの顔を見た。
どうして、そんなにまっすぐ前を向けるんだろう。
はやりは胸を張って、いつもの決め顔をした。
「シャミしか勝たん!」
その言葉に、つむぎは少しだけ力が抜けた。
「その自信、すごいね……」
不安が消えたわけではない。けれど、はやりが隣にいると、不思議と一歩だけ前に進める気がした。
第2話 P4|まずは、手作りチラシから!
「シャミしか勝たん!」
教室の中に、はやりの元氣な声が響いた。
丹仁野先生は、その勢いに少しだけ驚いたように目を丸くしたあと、ふっとやさしく笑った。
「勢いも大事だけど、まずはみんなに伝えることから始めましょう」
「伝える……?」
つむぎは、先生の言葉を小さく繰り返した。
三味線クラブを作りたい。三味線の音を、もっとみんなに知ってほしい。そう思ってはいるけれど、それを誰かに伝えるとなると、急に胸がどきどきしてくる。
うまく言えるかな。笑われないかな。興味を持ってくれる子はいるのかな。
そんな不安が、つむぎの心の中にふわりと浮かんだ。
丹仁野先生は、そんなつむぎの気持ちをわかっているように、黒板の前で一枚の白い紙を持ち上げた。
「手作りのメンバー募集チラシを作ってみたらどうかしら?」
「手作りの……チラシ……」
つむぎがそうつぶやいた瞬間、隣のはやりの空気が変わった。
「それ!」
はやりが、机に両手をついて身を乗り出す。さっきまでよりもさらに目をきらきらさせて、まるで宝物を見つけたみたいな顔をしていた。
そして、胸を張って大きな声で言った。
「楽しそうジャン!!」
その一言で、つむぎの胸にあった不安が、少しだけ軽くなった。
はやりにかかると、難しそうなことまで、なぜか楽しい冒険みたいに見えてくる。
つむぎは思わず、くすっと笑った。
「……シャミってるね」
三味線クラブを作るための第一歩。
それは、手作りのチラシから始まることになった。
第2話 P5|作戦会議スタート!
その日の放課後。
教室に残ったつむぎとはやりは、机の上に白い紙や色鉛筆、消しゴムを広げた。窓から差しこむ春の夕方の光が、二人の机をやわらかく照らしている。
「まず目立つこと!」
はやりは、まるで作戦隊長みたいに胸を張って言った。
「次に楽しそうなこと!」
つむぎは、白い紙を見つめながら小さくうなずいた。たしかに、誰にも気づいてもらえなければ、三味線クラブのことを知ってもらうことすらできない。
けれど、ただ目立てばいいわけでもない気がした。
「初心者でも大丈夫って、書いた方がいいかな」
つむぎは、鉛筆を持ったまま考えた。
「三味線の音のことも……。あの音が、どんなふうに響くのかも、伝えたい」
第一話で初めて鳴らした、あの一音。上手いかどうかよりも、まず鳴ったことが嬉しかったあの気持ち。つむぎは、その感覚を少しでも誰かに伝えたいと思っていた。
はやりは、つむぎの言葉を聞くと、ぱっと顔を輝かせた。
「いいジャン!」
そして、色鉛筆を何本も手に取る。
「あと、キラキラもいっぱい入れよ!」
「キラキラ……?」
「うん! 見た人が、なんか楽しそうって思うやつ!」
はやりは紙の端に、星や花や音符をどんどん描き足していく。つむぎはその横で、三味線の形を丁寧に描こうとした。
糸巻きは三つ。糸も三本。胴は大きめに。第一話で見た津軽三味線の姿を思い出しながら、つむぎはゆっくり線を引いた。
はやりの勢いと、つむぎの丁寧さ。
まったく違う二人の手が、同じ一枚の紙の上で動いていく。
こうして、私たちの初めてのチラシ作りが始まった。
第2話 P6|何度も消して、何度も描いて
休み時間も、放課後も、つむぎとはやりはチラシ作りを続けた。
白い紙は、すぐに鉛筆の線でいっぱいになった。三味線の絵、花の飾り、星や音符。消しゴムのかすが机の上に小さく積もっていく。
つむぎは、津軽三味線の形を思い出しながら、ゆっくりと線を引いた。
「糸巻きは三つ……糸も三本……」
第一話で近くで見た三味線。細長い棹、大きめの白い胴、そこに張られた三本の糸。あの形を、できるだけちゃんと描きたかった。
うまく描けないところは、何度も消した。胴が大きすぎたり、棹が曲がってしまったり、糸巻きの向きが変になったりするたびに、つむぎは少し眉を寄せて描き直した。
その横で、はやりは色鉛筆を何本も持って、楽しそうに紙の周りを飾っていく。
「ここ、もっとキラキラにしよう!」
星、花、ハート、音符。はやりの手が動くたびに、チラシの中がどんどん明るくなっていく。
「見た人が、入りやすいって思えるようにしたいな」
つむぎがそう言うと、はやりは大きくうなずいた。
「うん! 楽しそうって思ってもらお!」
机の上には、何枚もの下書きが並んでいた。うまくいかなかったものも、途中で消したものも、全部が二人の一歩だった。
目立つだけじゃなくて、怖くないこと。難しそうに見える三味線も、最初の一音から始められること。そして、誰かと一緒ならきっと楽しいこと。
つむぎとはやりは、そんな気持ちを一枚の紙に込めていった。
何度も消して、何度も描いて、少しずつ形になっていく。
それは、ただのチラシではなかった。
二人にとって初めての、三味線クラブへの本当の第一歩だった。
第2話 P7|手作りチラシ、完成!
そして、ついにチラシが完成した。
放課後の教室に、春の夕方の光が差しこんでいる。机の上には、色鉛筆、消しゴム、何枚もの下書き、そして二人で作り上げた一枚のチラシが置かれていた。
そこには、大きく「三味線クラブ」「メンバー募集」と書かれている。
真ん中には、つむぎが何度も描き直した津軽三味線の絵。三つの糸巻き、三本の糸、細長い棹、大きめの白い胴。
その周りには、はやりが描いた花や星や音符が、にぎやかに散りばめられていた。
上手かどうかはわからない。けれど、その一枚には、二人の気持ちがぎゅっと詰まっていた。
つむぎは、完成したチラシを両手でそっと持ち上げた。
「これを……みんなに配るんだね」
そう言った瞬間、胸の奥がきゅっとした。
作る時は、楽しかった。はやりと一緒に考えて、描いて、消して、また描いて。少しずつ形になっていくのが嬉しかった。
でも、これを本当に誰かに渡すとなると、急に不安が顔を出す。
「ちゃんと受け取ってくれるかな……」
つむぎが小さくつぶやくと、はやりはすぐに明るい声で答えた。
「大丈夫!」
はやりは、できあがったチラシの束を高く掲げた。目はきらきらしていて、もう明日の校門前に立っているかのようだった。
「明日はシャミる仲間、大募集ジャン!」
その言葉に、つむぎの不安が少しだけやわらいだ。
はやりの声は、いつだって不思議だ。
怖そうなことも、難しそうなことも、はやりが言うと、少しだけ楽しそうに聞こえてくる。
「明日、ぜったい見つけようね!」
はやりが笑う。
つむぎは、チラシを胸に抱きながら、ゆっくりとうなずいた。
「うん!」
こうして、私たちは一歩だけ、クラブ作りに近づいた気がした。
第2話 P8|はやりは、保育園からの大親友
校門の前で、はやりは今日も全力だった。
「さあさあ! まだまだ配るジャン!」
手作りのチラシを高く掲げて、登校してくる子たちへ次々に声をかけていく。少しも迷わず、少しも恥ずかしがらず、まるで学校中をお祭りに変えてしまうような勢いだった。
つむぎは、その横顔を見つめながら、胸の中でそっと思った。
はやりは、保育園の時からの大親友だ。
いつも、私より少し先を走っている。
思い出すのは、まだ二人が小さかった頃のこと。保育園の入り口で、つむぎは小さなかばんをぎゅっと握りしめて立ち止まっていた。
知らない子たちの声。にぎやかな教室。楽しそうな笑い声。入りたいのに、どう入ればいいのかわからなくて、つむぎはその場から動けずにいた。
その時、目の前にぱっと現れたのが、はやりだった。
「いっしょに遊ぼ!」
はやりは、まるで昔から友だちだったみたいに笑って、つむぎへ手を差し出した。
つむぎは驚いた。けれど、その手があまりにもあたたかそうで、気がつくとそっと握り返していた。
はやりは、つむぎの手を引いて、みんなのいる方へ走り出した。
私が立ち止まっていると、いつも手を引いてくれた。
それは、保育園の時からずっと変わらない。小学校に入ってからも、音楽の授業で不安になった時も、何か新しいことを始める時も、はやりはいつも少し前で笑っていた。
そして今日も。
校門の前で、はやりはチラシを握りしめ、まぶしいくらいの笑顔で声を張り上げている。
今日も、はやりは私の一歩先で、まぶしいくらい笑っている。
つむぎは胸の前でチラシを抱きしめ、小さく息を吸った。
はやりがいる。
だから、もう一枚。もう一人。声をかけてみよう。
第2話 P9|上手じゃなくても、まぶしい
はやりは、いつも元氣いっぱいだ。
でも、何でも完璧にできる子、というわけではない。
ピアノの時間には、思っていた音と違う鍵盤を押してしまうことがあった。
「あれ?」
はやりは目を丸くして、自分の指先と鍵盤を見比べる。けれど、すぐに照れくさそうに笑った。
リコーダーの授業でも、たまに音がひっくり返る。
「ありゃ?」
その音に、近くの子がびっくりして振り向く。つむぎも思わず顔を上げる。でも、はやりは落ち込むより先に、へへっと笑って、もう一度リコーダーを構える。
歌の時間だって、はやりはとびきり上手いわけじゃない。
音が少し外れることもある。大きな声が、思ったより元氣に飛び出しすぎることもある。
それでも、はやりはいつも楽しそうだった。
「ごめんごめん! もう一回いくジャン!」
はやりが笑うと、周りの子もつられて笑う。
失敗したはずなのに、教室の空気が少しだけ明るくなる。できなかったことが、恥ずかしいだけのものではなくなる。もう一回やってみようと思える空気に変わっていく。
つむぎは、そんなはやりを見ているのが好きだった。
上手いかどうかより、楽しそうにしているはやりは、いつもまぶしかった。
音を外しても、笑ってもう一回。
間違えても、前を向いてもう一回。
その姿は、音楽が苦手だったつむぎにとって、ずっと不思議で、少しだけうらやましくて、そして、とてもあたたかいものだった。
第2話 P10|クラスのムードメーカー
はやりは、音楽だけの子ではなかった。
運動神経もよくて、休み時間になると、校庭を風みたいに走っていく。鬼ごっこでも、ドッジボールでも、リレーでも、はやりはいつも全力だった。
ツインテールを弾ませながら走るその姿は、見ているだけで元氣をもらえる。
けれど、はやりがすごいのは、ただ足が速いことだけじゃない。
転んだ子がいれば、すぐに気づいて駆け寄る。
「大丈夫? 立てる?」
そう言って、はやりは迷わず手を差し出す。相手が笑うまで、ちゃんとそばにいる。
教室でも、廊下でも、校庭でも。
気がつくと、はやりの周りには誰かがいる。
はやりが何かを話すと、みんなが笑う。はやりが「やろう!」と言うと、誰かが「いいね!」と答える。はやりが楽しそうにしていると、その楽しさが少しずつ周りに広がっていく。
つむぎは、そんなはやりを少し離れたところから見ていることが多かった。
まぶしいな、と思う。
でも、それは遠くて近づけないまぶしさではなかった。
はやりはいつも、ちゃんとつむぎの方を振り返ってくれる。みんなの真ん中にいても、つむぎを置いていったりしない。
「みんなでやれば、もっと楽しいジャン!」
はやりが笑う。
その言葉を聞くたびに、つむぎは思う。
はやりは、クラスのムードメーカーで、ひときわ輝いている。
そして、そんなはやりが自分の親友であることが、つむぎには少し誇らしかった。
第2話 P11|いつも、そばにいてくれた
はやりは、クラスのムードメーカーだ。
みんなの真ん中にいて、いつも明るくて、元氣いっぱいで、見ているだけで周りまで楽しくなってしまう。
でも、つむぎにとってのはやりは、それだけではなかった。
悲しい時も、はやりはそばにいてくれた。
うまくできなくて、机に向かってうつむいていた時。何を言えばいいかわからなくて、ただ黙っていた時。はやりは無理に励まそうとはせず、隣に座ってくれた。
「大丈夫だよ」と大きな声で言う日もあれば、何も言わずにそばにいてくれる日もあった。
楽しい時も、はやりはそばにいた。
休み時間、校庭を走ったこと。教室のすみで笑い転げたこと。給食の時間に、くだらないことで二人だけ笑いが止まらなくなったこと。
嬉しい時は、つむぎ本人よりも、はやりの方が大げさに喜んでくれた。
「やったジャン!」
はやりがそう言って両手を上げると、小さな成功まで、すごく大きな出来事みたいに感じられた。
つむぎが立ち止まっている時も、はやりはいつも振り返ってくれた。
先に走っていってしまうように見えて、ちゃんとつむぎのことを見ている。つむぎが迷っていると、当たり前のように手を差し出してくれる。
どんな時も、はやりはそばにいてくれた。
何をするにも、いつも私と一緒で。
その笑顔に、私は何度も助けられてきた。
校門の前で、今日もはやりは明るくチラシを配っている。
その姿を見ていたら、胸の奥から、ずっと言いたかった言葉が浮かんできた。
第2話 P12|ありがとうは後でいいジャン!
そんなことを思い出していたら、校門前のにぎやかな声が、ふっと耳に戻ってきた。
朝の澄美田小学校。登校してくる子どもたちの足音。春の光。舞い落ちる桜の花びら。そして、目の前では今日も、はやりが元氣いっぱいにチラシを配っている。
「ん? つむぎ! どうしたの?」
はやりが振り向いた。
つむぎは、はっとして顔を上げる。胸の前には、二人で作った手作りのチラシがある。
「早くみんな誘わないと帰っちゃうよ!」
はやりは、いつもの調子で校門の方を指さした。もう次の子に声をかける気満々だ。
その姿を見て、つむぎの胸が少しあたたかくなった。
保育園の時から、はやりはいつもこうだった。
つむぎが立ち止まっていると、少し先から振り返ってくれる。つむぎが不安になっていると、当たり前みたいに手を差し出してくれる。
だから、今だけはちゃんと言いたかった。
「はやり」
つむぎは、少し照れながらも、まっすぐはやりを見た。
「いつもありがとう!」
はやりは、一瞬だけ目をぱちぱちさせた。
けれど次の瞬間には、もういつもの笑顔に戻っていた。
「お礼なんか後でいいよ!」
そう言って、はやりはチラシの束をぎゅっと握りしめる。
「今は一人でも多く、シャミる仲間を誘うジャン!」
その言葉に、つむぎは思わず笑った。
やっぱり、はやりははやりだ。
照れたり、立ち止まったりするよりも先に、いつも前へ進んでいく。
「うん!」
つむぎは、チラシを一枚手に取った。
ありがとうの気持ちは、胸の中にちゃんと残っている。
でも今は、はやりと一緒にもう一歩。
三味線クラブの仲間を探す時間だ。
第2話 P13|まずは普通に勧誘!
「今は一人でも多く、シャミる仲間を誘うジャン!」
はやりはそう言うと、さっそく校門を通りかかった男の子の前へ飛び出した。
「そこの君! ようこそ! 三味線クラブへ!」
あまりにも勢いよく差し出されたチラシに、男の子は目をぱちぱちさせた。手にはサッカーボールを抱えている。
「いや、まだ入るって言ってないけど……」
男の子は苦笑いしながら、校庭の方を指さした。
「あ、俺サッカークラブに入るんだ」
「そ、そうなんだ……」
つむぎは、差し出しかけたチラシを少しだけ引っこめた。
けれど、はやりはまったく止まらない。
「よし、次!」
はやりはすぐに別の子へ声をかけた。
「ねえねえ! 三味線やってみない?」
声をかけられた子は、チラシに描かれた三味線の絵をじっと見た。
「三味線?」
少しだけ首をかしげてから、その子はぽつりと言った。
「なんか……地味そう」
その言葉は、つむぎの胸に小さく刺さった。
地味。
第一話で聞いた三味線の音は、つむぎにとって地味なんかではなかった。あの一音は、まるで心の奥まで届くみたいに強くて、あたたかくて、不思議な音だった。
でも、まだ知らない子から見れば、そう思われてしまうのかもしれない。
「地味……」
つむぎは、チラシを胸の前でぎゅっと握った。
そんなつむぎの横で、はやりはもう次の子を見つけていた。
「よし、次いこ! 次!」
その切り替えの早さに、つむぎは少し驚きながらも、思わず小さく笑いそうになった。
最初の勧誘は、思っていたよりずっと難しかった。
けれど、はやりが隣にいる限り、まだ終わった感じはしなかった。
第2話 P14|体験した子にも、届かない?
「よし、次いこ! 次!」
はやりの明るい声に背中を押されて、つむぎはもう一度、校門の方へ目を向けた。
その時だった。
「あっ。体験に参加してた子だ!」
つむぎは、登校してくる子どもたちの中に、見覚えのある顔を見つけた。
第一話の三味線体験教室に来ていた子だ。あの日、同じ音楽室で津軽三味線の音を聞いていた。バチを持って、少し緊張しながら三味線に触れていた。
この子なら、わかってくれるかもしれない。
つむぎの胸に、小さな期待が灯った。
「あの、三味線クラブ作ったの」
つむぎは、手作りのチラシを両手で差し出した。
「よかったら、入らない?」
その子は、チラシを見て、少しだけ笑った。
「この前の体験、楽しかったよ」
その言葉を聞いた瞬間、つむぎの顔がぱっと明るくなった。
楽しかった。
そう言ってもらえただけで、胸の奥が少しあたたかくなる。あの音が、自分だけのものではなかった気がした。
けれど、その子はすぐに困ったような顔をした。
「でも……クラブで続けるってなると、ちょっと敷居高そうで……」
つむぎは、言葉をなくした。
「そっか……」
体験は楽しい。けれど、クラブに入るとなると、少し違う。
続けられるかな。難しくないかな。自分にできるかな。
三味線を知らない子だけではない。三味線に触れたことがある子でも、やっぱり不安になるのだ。
楽しかった、だけじゃ届かないこともあるんだ。
つむぎは、胸の前でチラシをそっと握った。
すると、隣からはやりの明るい声が飛んできた。
「大丈夫! まだまだこれからジャン!」
はやりは、もう次のチラシを手にしていた。
その顔は、少しも諦めていない。
つむぎは、小さく息を吸って、うなずいた。
「うん……!」
まだ、始まったばかりだ。
第2話 P15|三人も来た!?……って、一年生ジャン!!
「大丈夫! まだまだこれからジャン!」
はやりの元氣な声に背中を押されて、つむぎはもう一度チラシを握り直した。
その時だった。
「ぼくたち、三味線やってみたい!」
元氣な声に顔を上げると、目の前には三人の男の子が立っていた。みんなきらきらした目で、つむぎたちの手作りチラシを見つめている。
つむぎは思わず目を見開いた。
「え……」
はやりは一瞬で顔を輝かせた。
「おおっ!! 大歓迎ジャン!!」
つむぎも、胸がどきんと高鳴るのを感じた。
三人。
三人も。
今、自分たちは二人。そこに三人加わったら――。
「三人も……!?」
頭の中で、つむぎは一瞬で人数を数えていた。これで一気に仲間が増えるかもしれない。さっきまでの断られ続きが、嘘みたいにひっくり返るかもしれない。
けれど、その希望は次の瞬間、ちょっとだけ別の意味でひっくり返った。
……あれ?
よく見ると、三人とも小さい。
ランドセルも、背丈も、顔つきも、どう見てもまだ幼い。
つむぎとはやりは、同時に固まった。
「って、一年生ジャン!!」
男の子たちはきょとんとしている。
「え?」
つむぎはあわてて腰を少しかがめ、できるだけやさしく説明した。
「クラブ活動は、四年生からなんだ……」
「そっかあ……」
三人は少しだけ残念そうにしたけれど、怒ったりはしなかった。ただ、純粋に“やってみたかった”だけなのだ。
その無邪気さに、つむぎは逆に少しだけ救われた。
はやりも、苦笑いしながら肩をすくめた。
「おしいジャン……!」
本当に、おしかった。
うれしかったぶん、ちょっとだけズッコケた。
でも、三味線に興味を持ってくれる子がいたのは、本当だ。
その事実が、つむぎの胸に小さな希望を残していた。
第2話 P16|予約メンバー、三人ゲット?
「って、一年生ジャン!!」
つむぎとはやりの声が、校門前に思いきり重なった。
目の前に立っている三人の男の子は、黄色い帽子をかぶり、ランドセルには黄色い交通安全のワッペンをつけていた。どう見ても、ぴかぴかの一年生だ。
三人はきょとんとした顔で、つむぎとはやりを見上げている。
つむぎはあわてて腰をかがめ、できるだけやさしい声で説明した。
「クラブ活動は、四年生からなんだ……」
「そっかあ……」
三人の肩が、少しだけしょんぼり下がった。
その様子を見て、つむぎの胸がちくっとした。せっかく「やってみたい」と言ってくれたのに、今すぐ一緒にできないのは残念だった。
一人の男の子が、黄色い帽子を少し押さえながら聞いた。
「じゃあ、まだ入れないの?」
「うん……でも」
つむぎは、手作りのチラシをそっと見せた。
「四年生になったら、きっと入れるよ」
「ほんと?」
三人の顔が、少しだけ明るくなった。
その瞬間、横ではやりの目がきらりと光った。
「予約メンバー三人ゲット!」
はやりは、チラシを高く掲げて大きく宣言した。
つむぎは思わず苦笑いする。
「今は数に入らないよ……」
「未来の仲間ジャン!」
はやりは胸を張って言い切った。
その言葉に、一年生たちも少しうれしそうに笑った。
今はまだ、クラブの人数には入らない。
けれど、三味線に興味を持ってくれる子がいる。それだけで、つむぎの胸には小さな希望が残った。
いつかこの子たちが四年生になった時、本当に三味線クラブがあったら。
その時、胸を張って「ようこそ」と言えるように。
つむぎは、もう一度チラシを握り直した。
第2話 P17|引き抜き作戦、開始!?
放課後の校庭は、朝の校門前とはまったく違うにぎやかさだった。
サッカーゴールの近くでは、サッカークラブの子たちがボールを追いかけている。白いラインの向こうでは、野球クラブの子たちがキャッチボールや素振りをしていた。
どちらのクラブにも、たくさんの子が集まっている。
つむぎとはやりは、校庭の端に立って、その様子をじっと見ていた。手には、まだ残っている三味線クラブのメンバー募集チラシがある。
「あんなに沢山いるなら、一人くらい分けてくれてもいいのに」
はやりが、少し不満そうに口をとがらせた。
つむぎは思わず、横を見る。
「分けるって……人はお菓子じゃないよ」
サッカーも野球も、みんな楽しそうだ。走ったり、投げたり、声をかけ合ったりしている姿を見ると、人気があるのもわかる気がした。
でも、だからこそ、つむぎの胸には少しだけ焦りが生まれた。
三味線クラブは、まだ二人。
未来の予約メンバーはできたけれど、今すぐクラブとして認められる人数には、まだ足りない。
その時、はやりの目がきらりと光った。
「よし!!」
つむぎは、いやな予感がした。
はやりがこういう顔をする時は、だいたい何かとんでもないことを思いついている。
「こうなったら、引き抜き工作だ!!」
「えっ!? そんなことして大丈夫なの?」
つむぎの声がひっくり返る。
でも、はやりは胸を張っていた。
「立派な戦略だよ!!」
そして、手作りチラシを高く掲げる。
「シャミしか勝たん!」
その言葉に、つむぎは不安そうに校庭を見た。
サッカークラブ。野球クラブ。たくさんの子どもたち。
本当に、ここから三味線クラブの仲間を見つけられるのだろうか。
はやりの勢いに押されながら、つむぎはまた一歩、予定外の作戦へ踏み出すことになった。
第2話 P18|水飲み場で、待ち伏せ作戦!
こうして、はやりの“引き抜き工作”は、なぜか野球クラブの水飲み場から始まることになった。
放課後の校庭には、ボールを打つ音や、走る足音、元氣なかけ声が響いている。野球クラブの子たちは、キャッチボールをしたり、素振りをしたり、グラウンドを走ったりしていた。
つむぎとはやりは、その少し横にある水飲み場の近くで、手作りのチラシを持って待っていた。
「まずは、つらそうな子を探すジャン」
はやりは、まるで名探偵みたいな顔で野球クラブを見つめている。
つむぎは、チラシを胸の前でぎゅっと持ったまま、小さく眉を下げた。
「その探し方、だいじょうぶかな……」
サッカーや野球をがんばっている子たちを、無理に誘うのはよくない気がする。けれど、はやりの頭の中では、もう作戦が動き出しているらしかった。
その時、野球クラブの男の子が二人、水飲み場へ歩いてきた。
一人は水を飲みながら、ふうっと大きく息を吐く。
「今日の練習、きついな……」
もう一人も、汗をぬぐいながらうなずいた。
「もう足パンパンだよ……」
その言葉を聞いた瞬間、はやりの目がきらりと光った。
「……しめた」
つむぎは、横にいる親友の顔を見て、ぞくっとした。
これは、何かを思いついた時のはやりの顔だ。
「はやり、なんか悪い顔してる……」
つむぎが止める間もなく、はやりは一歩前へ出た。
手には、二人で作った三味線クラブのメンバー募集チラシ。
そして、野球部の男の子たちへ明るく声をかけた。
「ねえねえ!」
男の子たちが、驚いて振り向く。
こうして、はやりの引き抜き作戦が動き出した。
第2話 P19|三味線クラブ、今が旬だよ!!
「ねえねえ!」
はやりは、野球クラブの男の子たちへ勢いよく声をかけた。
水飲み場で休んでいた二人は、びくっとして振り向く。一人はグローブを持ち、もう一人は汗をぬぐうタオルを首にかけていた。
「ちょっと話を聞くジャン!」
はやりは、手作りのチラシをぱっと差し出した。
そこには、つむぎが何度も描き直した津軽三味線の絵と、はやりが描き足した花や星や音符が並んでいる。
そして、はやりは胸を張って言った。
「辛い野球なんかよりも!! 三味線クラブ!! 今が旬だよ!!」
つむぎは、心の中で「あっ」と思った。
その言い方は、ちょっとまずい。
野球をがんばっている子たちに、いきなり「辛い野球なんかよりも」は、さすがにはやりらしすぎる。
つむぎはあわてて一歩前に出た。
「あ、あの……野球が辛い時だけじゃなくて……」
言いながら、自分でも何を言っているのかわからなくなってくる。
けれど、なんとか笑顔を作って、チラシを差し出した。
「見学だけでも、大丈夫です……!」
野球部の男の子たちは、ぽかんとした顔でチラシを見た。
「三味線クラブ?」
「今が旬って……食べ物みたいだな」
その言葉に、はやりは少しもひるまない。
「先着順! 早いもん勝ちだよ!」
「それも、ちょっと違う気がする……」
つむぎは小さくつっこんだ。
けれど、二人の男の子はチラシから目をそらさなかった。さっきまでの驚いた顔とは少し違う。困っているような、でも少し気になっているような顔だった。
でも、二人は少しだけチラシを見てくれた。
つむぎは、それだけでも胸の中に小さな期待が生まれるのを感じた。
もしかしたら。
本当に、少しだけ話を聞いてくれるかもしれない。
第2話 P20|脈あり!チャンス!
野球クラブの男の子たちは、はやりが差し出したチラシをじっと見ていた。
さっきまで水を飲んでいた一人が、チラシの真ん中に描かれた三味線の絵を指さす。
「お、三味線」
つむぎは、思わず顔を上げた。
「この前テレビでやってたな」
その言葉を聞いた瞬間、はやりの目がきらりと光った。
「知ってるの!?」
さっきまでの売り込み口調が、さらに勢いを増す。
「じゃあ話が早いジャン!!」
はやりは、チラシをぱっと掲げた。まるで大人気商品の最後の一枚を紹介する店員さんみたいな勢いだった。
「先着順!」
「早いもん勝ちだよ!」
つむぎは横で少しだけ困った顔をした。クラブ活動は本当は早いもん勝ちではない。けれど、今は止めるよりも、相手が少しでも興味を持ってくれていることの方が大きかった。
野球部の男の子は、チラシを見ながら少し考え込んだ。
グラウンドでは、まだ野球クラブの練習が続いている。ボールを投げる音、走る足音、かけ声。さっきまで「きつい」と言っていたその空気の中で、男の子はぽつりと言った。
「俺、野球クラブ辞めて入ろうかな」
つむぎの胸が、大きく跳ねた。
「ほ、本当に……!?」
はやりは、もう完全に勝ったような顔をしていた。
「きたーーー!!」
何度も断られて、地味そうと言われて、体験した子にも迷われて、一年生は人数に入れられなくて。
それでも、ついに。
ついに、仲間が見つかるかもしれない。
つむぎは、手作りのチラシを胸の前でぎゅっと握った。
まだ決まったわけではない。
それでも、初めて本当に届いた気がした。
第2話 P21|いま、何人集まってるの?
野球クラブの男の子は、つむぎたちの手作りチラシをじっと見ていた。
さっきまでの「なんだこれ?」という顔とは少し違う。
本当に、少しだけ気になってくれている。
つむぎは、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
もしかしたら、本当に仲間になってくれるかもしれない。
そんな期待が、心の中でふくらんでいく。
けれど次の瞬間、男の子は何気なくたずねた。
「ところで、いま何人くらい集まってるんだ?」
つむぎの体が、ぴたりと止まった。
一番聞かれたくないことを聞かれた。
今の三味線クラブは、まだ正式なクラブではない。
メンバーは、つむぎとはやりの二人だけ。
四人いなければ、クラブとして認められない。だからこそ、こうして必死に仲間を探しているのだ。
つむぎが答えられずに固まっていると、はやりが先に口を開いた。
「え?」
はやりの声が、少しだけ裏返っている。
「さ、さんびゃくにんくらいかな?」
つむぎは心の中で、思いきり叫んだ。
多すぎる。
いくらなんでも、多すぎる。
野球部の男の子たちも、当然のように目を細めた。
「嘘つけ!」
もう一人が、あきれたように言う。
「四年から六年まで全部入っても、そんなにいねえだろ!」
はやりは、チラシを持ったまま固まった。
つむぎは、胸の前で手作りのチラシをぎゅっと握った。
ど、どうしよう……。
ごまかせない。
本当のことを言わなきゃ――。
第2話 P22|いまは、二人……
ごまかせない。
本当のことを言わなきゃ。
つむぎは、手作りのチラシを胸の前でぎゅっと握った。三味線の絵も、花も、星も、音符も、今は少しだけ遠く見える。
野球部の男の子たちは、つむぎとはやりの答えを待っていた。
つむぎは小さく息を吸った。
「いまは、わたしとはやりの二人……」
その瞬間、空気が少し止まった。
「二人!?」
男の子の一人が目を丸くする。
もう一人は、あきれたように眉を上げた。
「それじゃ、まだクラブじゃねえじゃん」
その言葉は、つむぎの胸にまっすぐ刺さった。
わかっている。
だから、仲間を探している。
四人集まらなければ、正式なクラブとして認められない。今はまだ、三味線クラブという名前の、小さな願いでしかない。
けれど、はやりはそこで引き下がらなかった。
「だから!」
はやりはチラシをぎゅっと握り、男の子たちの前へ一歩出た。
「君たちが入れば、クラブになるんだってば!!」
けれど、男の子たちは顔を見合わせた。
「なんだ、それじゃまだクラブじゃねえじゃん」
「やめだ、やめだ。練習戻ろうぜ」
二人は、チラシを返すようにして、野球の練習の方へ歩き出した。
「あっ、ちょっと!」
はやりが慌てて呼び止める。
「君らが入ればクラブになるんだってば!!」
けれど、男の子たちの足は止まらなかった。
グラウンドの方から、またボールを投げる音が聞こえる。野球クラブのかけ声が、夕方の校庭に響いていた。
つむぎは、胸の前でチラシを抱きしめた。
あと少しで届きそうだったのに。
でも嘘は良くないからしょうがない。
第2話 P23|はやりってば、本当ポジティブだね
野球クラブの男の子たちは、グラウンドの方へ戻っていった。
水飲み場の近くには、つむぎとはやりだけが残された。手には、まだ配りきれない三味線クラブのメンバー募集チラシがある。
また、失敗だった。
つむぎは、胸の前でチラシを抱きしめた。
「あと少しだったのに……」
本当に、あと少しで届きそうだった。
三味線をテレビで見たことがあると言ってくれた。野球クラブを辞めて入ろうかな、とまで言ってくれた。
でも、今のメンバーが二人だけだとわかった瞬間、その気持ちは離れていってしまった。
正直に言ったことは、間違っていない。
けれど、正直に言ったからこそ、届かなかった。
つむぎの胸に、少しだけ重たいものが残った。
その横で、はやりがぎゅっとこぶしを握った。
「あいつら!!」
つむぎは、びくっとして顔を上げる。
はやりは、去っていく野球部の背中を見ながら、悔しそうに叫んだ。
「後で後悔しても知らんぞお!」
けれど、次の瞬間にはもう、はやりは前を向いていた。
「次いこ! 次!」
あまりにも切り替えが早くて、つむぎは一瞬言葉を失った。
「まだまだシャミる仲間は うじゃうじゃ いるジャン!」
そう言って、はやりはチラシを高く掲げる。
さっきまで悔しがっていたのに、もう次の作戦を考えている。失敗したことを忘れたわけではない。ただ、止まるつもりがないのだ。
つむぎは、思わず吹き出した。
「はやりってば、本当ポジティブだね」
はやりは、きょとんとしたあと、にっと笑った。
「もちろん! 止まってる時間がもったいないジャン!」
その言葉に、つむぎの胸の重さが少しだけ軽くなった。
失敗しても、はやりがいると、また一歩進める気がした。
つむぎは、チラシを握り直した。
次は、どこへ行くんだろう。
少し不安で、少し怖くて、でも少しだけ楽しみでもあった。
第2話 P24|サッカー部に突撃!
野球クラブでの作戦は失敗に終わった。
けれど、はやりは止まらない。
「次いこ! 次!」
その言葉どおり、次に向かったのは、サッカークラブだった。
放課後の校庭では、サッカークラブの子たちがボールを追いかけていた。ゴール前でシュート練習をする子。パスを回す子。声をかけ合いながら走る子。
野球クラブに負けないくらい、こちらもたくさんの子が集まっている。
はやりは、その様子を見て、ぎゅっとチラシを握った。
「今度こそ、シャミる仲間を見つけるジャン!」
つむぎは、少し不安になった。
さっきの野球クラブでは、はやりの勢いが強すぎて、あと少しのところで逃げられてしまった。
だから今度こそ、もう少し落ち着いて誘った方がいい。
「今度は、ちゃんと普通に誘おうね……」
つむぎは、できるだけやさしく言った。
けれど、はやりの耳にどこまで届いたのかはわからない。
次の瞬間、はやりはもうサッカー部の子たちの前に飛び出していた。
「君たち!!」
突然の声に、サッカー部の子たちが振り向く。
はやりは、手作りの三味線クラブ募集チラシをばっと掲げた。
「三味線クラブにようこそ!!」
「え、急に?」
サッカー部の子たちは目を丸くした。
つむぎは慌てて後を追う。
けれど、はやりは止まらない。
「サッカーなんか辞めて、ぜひとも三味線クラブに入りたまえ!!」
「はやり! 言い方!!」
つむぎの声が裏返った。
サッカーをがんばっている子たちに、その言い方はさすがにまずい。つむぎはあわててチラシを持ち直し、なんとかフォローしようとした。
その時だった。
背後から、低い声がした。
「ほう……」
つむぎの背中が、ひやっとした。
「そんなに三味線は面白いかね?」
ゆっくり振り向くと、そこには大きな影が立っていた。
サッカー部の子たちが、ぴたりと固まる。
つむぎも固まった。
「ひっ……」
けれど、はやりだけはまだ、状況に気づいていない。
チラシを掲げたまま、自信たっぷりの笑顔で立っていた。
その声を聞いた瞬間、私の背中がひやっとした。
第2話 P25|カンカンの仁王様
背後から聞こえた低い声に、つむぎの背中はひやっと固まった。
けれど、はやりはまだ気づいていない。
目の前のサッカー部の子たちに向かって、手作りの三味線クラブ募集チラシを掲げたまま、自信たっぷりに話し続けていた。
「そりゃ~~面白い!」
はやりは、胸を張って言った。
「サッカーなんか屁でもないくらい――」
「は、はやり……後ろ……」
つむぎは、青ざめた顔で小さく言った。
その声で、ようやくはやりが振り返る。
そこには、サッカーの顧問の先生が立っていた。
腕を組み、背筋を伸ばし、夕方の校庭に仁王様みたいな影を落としている。サッカー部の子たちも、さっきまでのざわざわした空気を止めて、ぴたりと固まっていた。
はやりの笑顔が、すうっと固まる。
「ヤバッ!!」
顧問の先生の眉が、ぐっと上がった。
「そりゃ、けしからん!!」
つむぎとはやりは、同時にびくっと肩を跳ねさせた。
「自分たちのクラブをすすめるのはいい」
先生の声は大きすぎるわけではなかった。けれど、校庭の音が少し遠くなるくらい、まっすぐ響いた。
「だが、サッカーをバカにするような言い方はダメだぞ」
つむぎは、ぎゅっとチラシを握った。
その通りだと思った。
三味線クラブを作りたい気持ちは本当だ。仲間を集めたい気持ちも本当だ。
でも、誰かが大切にしているものを下げて、自分たちの好きなものをすすめるのは違う。
つむぎは、深く頭を下げた。
「す、すみませんでした!!」
隣では、はやりも慌てて頭を下げている。
「すみませんでした!!」
さっきまでの勢いは、すっかりどこかへ行ってしまった。
こうして私たちは、サッカーの顧問の先生に、こっぴどく怒られた。
夕方の校庭に、サッカーボールを蹴る音がまた戻ってくる。
つむぎは、頭を下げたまま、心の中で小さく思った。
三味線を好きになってほしい。
でも、その伝え方も、ちゃんと考えなくちゃいけないんだ。
第2話 P26|三味線をやってるヤツ、いるぞ
サッカーの顧問の先生に怒られて、私たちは校庭の端まで戻った。
夕方の校庭では、まだサッカーボールを蹴る音が響いている。ゴール前では、さっき声をかけた子たちが練習を続けていた。
つむぎは、手作りの三味線クラブ募集チラシを胸の前で抱きしめた。
恥ずかしかった。
でも、それ以上に、先生の言葉が胸に残っていた。
自分たちの好きなものをすすめるのはいい。
でも、誰かの好きなものを下げてはいけない。
三味線を好きになってほしいなら、伝え方も大切にしなければいけない。
隣では、はやりがほっぺたをふくらませていた。
「まったく、ケチケチして!」
「はやり、さっき怒られたばかりだよ……」
つむぎが小さく言うと、はやりはチラシを握りしめたまま、まだ不満そうに校庭を見た。
「あんなにいるなら、二人くらいシャミってくれてもいいのに!」
反省しているのか、していないのか。
つむぎは少し困ってしまった。
その時だった。
「おい、お前ら」
後ろから声がした。
振り向くと、サッカー部の男の子が一人、ボールを小脇に抱えて立っていた。
「三味線やるヤツ、探してるのか?」
はやりの目が、一瞬で輝いた。
「探してます! 探してます!」
はやりは、さっき怒られたばかりとは思えない勢いでチラシを差し出した。
「一緒にシャミろう!」
「馬鹿、早合点するな」
男の子は、あきれたように片手を振った。
「俺じゃなくて」
「えっ……?」
つむぎとはやりが同時に首をかしげる。
男の子は、校舎の方をちらりと見た。
「最近サッカー辞めて、三味線始めたヤツがいるんだよ」
つむぎの胸が、どきんと鳴った。
三味線を、始めた子。
この学校に。
「四年二組の、りゅうこうってヤツ」
「りゅうこう……くん?」
つむぎは、その名前を小さく繰り返した。
知らない名前ではない。けれど、ちゃんと話したことはなかった気がする。
はやりは、もう完全に次の方向を向いていた。
「それ、楽しそうジャン!!」
その声は、さっきまでの失敗を一気に吹き飛ばすみたいに明るかった。
その名前が、次の扉を開く合図みたいに聞こえた。
りゅうこう。
サッカーを辞めて、三味線を始めた少年。
つむぎたちの仲間探しは、思いがけない方向へ動き出そうとしていた。
第2話 P27|りゅうこうの事情
サッカー部の男の子は、少しだけ声を落として話し始めた。
「あいつ、前はサッカー部だったんだけどさ。」
つむぎは、手に持っていた三味線クラブの募集チラシをそっと胸に寄せた。
はやりも一応聞いている。けれど、体はもう半分前のめりで、今すぐりゅうこうくんに会いに行きたくてたまらない、という顔をしていた。
男の子は、校庭の方をちらりと見た。
「事故でケガして、試合に出られなくなったんだ。」
その言葉に、つむぎの表情が変わった。
さっきまで夕方の校庭に響いていたサッカーボールの音が、少しだけ遠く聞こえた。
サッカーが好きだった子が、試合に出られなくなる。
それは、どれくらいつらいことなんだろう。
つむぎには全部はわからない。けれど、胸の奥がきゅっとなるのはわかった。
男の子は続けた。
「落ち込んでた時に、ばあちゃんの三味線を受け継いでさ。」
「それで、三味線を始めたってわけ。」
「そうだったんだ……。」
つむぎは小さくつぶやいた。
りゅうこうくんは、ただ最近三味線を始めた子、というだけではなかった。
サッカーを失いかけた場所に、三味線があった。
おばあちゃんから受け継いだ音が、りゅうこうくんを支えているのかもしれない。
そう思うと、つむぎは軽い気持ちでは声をかけられない気がした。
でも、隣のはやりは違った。
「へぇ〜!」
目をきらきらさせて、もうじっとしていられない様子だ。
「よーし! ますます会いたくなったジャン!!」
「はやり……」
つむぎは少し心配になった。
ちゃんと聞いてるのかな。
ちゃんと、りゅうこうくんの気持ちまで考えてくれているのかな。
その時、サッカー部の男の子が、最後に大事なことを付け足した。
「今、ちょっとナーバスになってるからさ。」
「そこは気をつけてやってくれよ。」
つむぎは、すぐにうなずいた。
「うん……ちゃんと気をつける。」
りゅうこうくんには、そういう事情があるらしい。
だからこそ、会うならちゃんと、相手の気持ちを考えないといけない。
つむぎはそう思った。
けれど、はやりはもう、足先まで前のめりだった。
今にも走り出しそうな親友を見て、つむぎは小さく息を吸った。
これは、ちゃんと止めないとまた何か起きるかもしれない。
そんな予感が、夕方の風と一緒に胸を通り抜けていった。
第2話 P28|りゅうこうを探せ!
「四年二組だね!」
はやりは、まるで宝の地図を見つけたみたいな勢いで走り出した。
「急げ急げー!」
「ま、待って、はやり!」
つむぎは三味線クラブの募集チラシを抱えたまま、あわてて後を追う。
りゅうこうくんは、四年二組らしい。
校庭のざわめきを背にして校舎へ入ると、夕方の廊下にはやわらかな光が差し込んでいた。窓の外では、桜の花びらがふわりと流れていく。
はやりは、四年二組の札を見つけるなり、ぐっと前に身を乗り出した。
つむぎは近くにいた子に、できるだけ丁寧に声をかける。
「あの、りゅうこうくんって、まだいるかな?」
すると、その横からはやりが勢いよく顔を出した。
「三味線やってるって本当!?」
聞かれた子は少しだけきょとんとして、首をかしげた。
「りゅうこう?」
そして、教室の中や廊下の先をちらりと見て言う。
「さっき帰ったかも。」
つむぎは思わず「あ……」と息を飲んだ。
せっかくここまで来たのに、入れ違いだったのかもしれない。
けれど、その子はまだ話を続けた。
「あいつ、いつも自分の殻に閉じこもってる男だからさ。」
「やっぱり怪我が原因で……」
つむぎはその言葉を聞いて、小さくつぶやいた。
りゅうこうくんの事情を聞いたあとだから、その言葉が少し重く感じられた。
はやりは目をきらきらさせながら、むしろ余計に興味を持ったようだった。
「あたしたちがカラをブチ破るしかないジャン……!」
つむぎは、あわててはやりの顔を見た。
ブチ破る。
その言い方は、ちょっと心配だ。
まだ姿は見えていない。だけど、りゅうこうという名前は、確実に二人の目の前へ近づいてきていた。
第2話 P29|夕日の廊下の先に
「流石に今日は捕まらなかったね。」
四年二組の前を離れながら、つむぎは少しだけ肩を落とした。
夕日の差し込む廊下はきれいだったけれど、そのぶん、会えなかったことが少し残念に思えた。
けれど、はやりはまるで落ち込んでいなかった。
「でもクラスがわかっただけでも大収穫だよ!」
つむぎは、気持ちを切り替えるように言った。
「明日はすれ違わないようしなきゃ……」
すると、はやりはぱっと顔を輝かせた。
「それ、楽しそうジャン!」
「よぉし! 明日、朝一で突撃するっきゃないジャン!」
その前向きさに、つむぎは思わず小さく笑いそうになる。
やっぱり、はやりはすごい。
うまくいかなくても、すぐ次の一歩を見つけてしまう。
その時だった。
「おい、お前ら、ちょっと待て。」
後ろから声がして、二人は同時にふり返った。
さっき四年二組の前で話した子が、少し息を切らしながら追いかけてきていた。
「あれがりゅうこうだよ!」
その子が指さした先――。
夕日の光が長く伸びる廊下の向こうに、ひとりの男の子の背中が見えた。
深い緑色の服。少し不揃いな髪。にぎやかな放課後の学校の中で、その背中だけが、どこか静かな空気をまとっていた。
つむぎは、思わず息をのんだ。
りゅうこう君らしい影。
まだ顔もよく見えない。どんな声かも知らない。
でも、その背中には、なんだか目を離せないものがあった。
夕日の廊下の先に、りゅうこう君らしい影が見えた。
第2話 P30|次回予告 第三話「ちりたら!!」
夕日の廊下の先に見えた、りゅうこうらしい背中。
その姿はほんの一瞬だった。
でも、つむぎの胸には、はっきりと残っていた。
サッカーを辞めて、三味線を始めた少年。
おばあちゃんの三味線を受け継いだ少年。
今は少しナーバスになっていて、自分の殻に閉じこもっているらしい少年。
「次回、りゅうこう登場!」
はやりは、もう完全に次の朝へ向かっていた。
「サッカー少年りゅうこう君に、はやりが迫る!」
つむぎは、その言葉に少し不安そうな顔をした。
「はやり、迫るって言い方がもう心配だよ……」
けれど、はやりは止まらない。
「大丈夫! つむぎも一緒に行くよ!」
「えっ、私も!?」
その時、どこかから小さな声が聞こえた気がした。
「……ちりたら。」
はやりは、きょとんと首をかしげる。
「ちりたら? 何それ? 美味しそう!」
「食べ物じゃないってば!」
つむぎが慌ててつっこむ。
すると、さらに遠くから、別の声が飛び込んできた。
「ちきしょう! りゅうこうの野郎、俺を差し置いて抜け駆けしやがって!!」
まだ本編には本格登場していないはずのかけるの声だった。
はやりは目を丸くする。
「あっ、かける先輩!?」
つむぎは、もう何がなんだかわからない。
けれど、次の物語が動き出す気配だけは、確かにあった。
次回第三話。
「ちりたら!!」
三味線を始めた少年、りゅうこう。
そして、突撃したくてたまらないはやり。
つむぎは、ちゃんとりゅうこうの気持ちに寄り添えるのか。
次の朝、三味線クラブづくりは新しい出会いへ進んでいく。
次回も、ぜってえ見てくれよな!!








